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「自分は天才ではなく普通の人間」と答えた、20年前の宮本茂 [レビュー]

コンピュータ偉人伝 宮本茂 (from ちえの和web)
ゲーム業界人を格付けするスレ (from アルファルファモザイク)

「宮本茂」の名を初めて聞いたのは、いつ頃のことだっただろうか?
少なくとも、FC『スーパーマリオブラザーズ』が日本中を席巻していた当時、僕を含めて周りの友人たちは誰も宮本氏の名前を知らなかったと記憶している。

確かに、85年9月にリリースされた『スーパーマリオブラザーズ』には皆が夢中になった。それは、数字を見ればよくわかる。発売後わずか半年で300万本を出荷、最終的に681万本を売り上げたとされる記録は今尚語り草となっている。
けれども、ファミコンのメインユーザーであった僕たちゲーム少年の間で、肝心の「スーパーマリオの作者」に注意を払う者はほとんど居なかったと思う。
なにしろ、スタッフロールの流れるエンディングすら無かった時期だ。そこまで考えが及ばなかったのである。(スタッフリストが表示された初の任天堂作品は『ゼルダの伝説』

また、当時は社会的に「ゲーム製作者」という職業自体がほとんど認知されていなかった。任天堂を取りあげた85年前後の経済誌を読むと、決まってインタビューに登場するのは広報担当の今西紘史氏か、ファミコンの開発主任を務めた上村雅之氏である。
それになんといっても、僕らには「秒間16連射」の高橋名人というヒーローが居た(笑)。

そんなわけで実際に子供達が「マリオの作者」を意識するようになるのは、メディアを通じて宮本氏の名前を見る機会が増えてきた80年代後半の頃からではなかったかと思う。

以上、前置きが長くなってしまったけれど、本日は『電視遊戯大全』(88年)に収められている宮本氏の質問状インタビューを取りあげる。
同書の発行は88年だが、編集時期から察するに87年にインタビューは行われたようだ。まさにファミコンブーム真っ只中の、宮本氏がメディアに注目を浴び始めた時期に相当する。
宮本氏は当時34~35歳(あ、今の僕と同年代だ)、任天堂開発部所属で“「スーパーマリオブラザーズ」、「ゼルダの伝説」等のゲームデザインを担当”と紹介されている。

80年代当時、ファミコンに熱狂していた人には極めて興味深い回答であると思う。また、糸井重里が参加した『Mother』、Wii Sports、ちゃぶ台返しを知る現在の我々からすると、思わずニヤリとしてしまうかもしれない。
過去の宮本氏の「肉声」を伝える貴重な資料として、全文を引用させていただく。




◎ご自分のことをアーティストだと思いますか?それとも技術者だと思いますか?
……どちらとも言えない、中途半端な人間だと思います。自分としては、アイデアに富んだエンターテナーでありたいです。

◎どのような経緯を経て、テレビゲームをデザインするようになったのですか?
……おもちゃの商品企画を志していた時期に(入社当初、当社は業務用ゲームや家庭用ゲームを製造していました。)、業務用ゲームがインベーダーの流行により、とてもメジャーな存在になったからです。

◎ひとつの作品をつくるのに、どの位の時間をかけますか?
……半年でできるものから1年以上かかるものまでと、ゲームによって色々です。スタートしたときの仕様の決まり具合と、全体のボリュームの差により変わってきます。構想の時期も含めて考えると、完成までには1年から2年かかります。

◎いつも何人位のチームでゲームをつくるのでしょうか?
……6人から12人です。最近の大容量ゲームでは、アシスタントやマップ作成の人間も必要ですので、スタッフの人数が多くなってきています。「スーパーマリオ」のときで、8人程だったと思います。

◎自分の作品を他のメディア、または他の何ものかに例えるとしたら、何になるでしょうか?
……ミニチュアの娯楽映画じゃないでしょうか。または、生きているおもちゃ。

◎テレビゲーム以外のメディアでは、何が好きですか?また、何に興味がありますか?
……アイデアが漏れてしまうと困るので、ノー・コメントです。メディアの話からずれますけれども、私は体を動かすことがとても好きなんです。タバコをやめて、仕事を休んでスポーツしたいなぁ。

◎「ドンキーコング」で初登場したマリオですが、あのようなキャラクターは、一体どのようにして生まれてきたのでしょうか?ルイージ(幾つかのゲームに登場するマリオの兄弟)も含めて、名前の由来についても教えて下さい。
……一つに、単なるイマジネーションから生まれたところがあります。またもう一つとして、少ないドットの集合画でキャラクターを生き生きと表現するためには、ヒゲやオーバーオールが便利だったという理由もありました。2人の名前は、アメリカの任天堂で付けられたのです。

◎「スーパーマリオブラザーズ」は、どの様な考えに基づいてつくられたのですか? マリオを使ったアスレチック・ゲームをつくろうともしていたそうですが。
……マーケティングの側からいうと、「誰にでも気軽に遊べて、ゲームマニアもそれなりに楽しく遊べるゲーム」をつくろうという考えでした。構想の段階では、「ドンキーコング」以来のジャンプ・アスレチック・ゲームの本家として、総集編のようなものをつくりたかったのです。カセット版のゲームをつくる、最後の記念として……などと言い合って、楽しくやれましたよ。

◎「ゼルダの伝説」は、それまで特殊な存在でしかなかったロール・プレイング・ゲームを分かりやすく、親しみやすいものにしたという点で、ゲーム界における功績は大きいと言われていますが、ご自分ではどうお考えですか?
……有難うございます。(なぜか、とても素直です。)あのゲームは、もし自分が知らない街に行ったら……という世界をつくりたかったのです。そして主人公になってその世界にのめり込んでゆけたら、どんなに楽しいことだろうと思ったのでした。リアルタイムということを念頭においたのですが、限られたメモリーでプレイヤーに納得のゆくエピソードを沢山つくるのは、とても大変でした。納得がゆかないだろうネタは、極力避けたつもりですが、あくまで「極力~したつもり」ですから…。「ゼルダの伝説」以来、単に意地悪なゲームが市場に増えてきたことにも、多少の責任を感じています。

◎「夢工場ドキドキパニック」には、「スーパーマリオブラザーズⅢ」や「スーパーマリオブラザーズIV」のためのアイデアが沢山盛り込まれているそうですが、それは本当のことでしょうか? また、「スーパーマリオブラザーズ」のシリーズは、この先まだ続くのでしょうか?
……デザイン的に変わっていても、「夢工場ドキドキパニック」は、基本コンセプトの点で「スーパーマリオブラザーズ」シリーズと同一のものですから、そう考えて頂いても当然結構です。マリオのシリーズがこれからも出たら、遊んでくれますか?

◎あなたのことを天才だと言う人が多いのですが、ご自分ではどうお考えですか?
……本当ですか! そんなことを言って頂くと、耳までマッ赤になってしまうような、普通の人間です。

◎あなたの考えている理想のテレビゲームとは、どんなものですか?
……ビデオ・モニター+コンピュータ+一人のプレイヤー+その仲間+「?」

◎これからどんなゲームをつくってみたいですか?
……プレイヤーが、ただ単に作者の手の平の中で遊んでいるに過ぎないようなゲームは、つくりたくありません。プレイヤーをせめても上手に遊ばせてあげる、というゲームづくりも一つの方向ですが、私としては、ゲームをもっと単なる道具として、自由に使ってゆけるフィールドみたいなものとして、提供してゆきたいと思っています。

◎ご自分の作品を顧みて、最も自信のあるところ、また自信のないところはどこでしょうか?
……自信のあるところ ~ 手の平で遊んでもらう説得力
……自信のないところ ~ 自信のないところが解らないところ…?

◎一緒に仕事をしてみたい人はいますか?(ジャンルは問いません。)
……ゲームが好きな文章家のプロ、演出のプロ。

◎テレビゲームは、これからどうなってゆくと思われますか?
……このことを考えると、夜も寝られません。

◎あなたにとって、テレビゲームとは一体何ですか?
……単に仕事であり、また一方では一人のユーザーです。

(このインタビューは質問状への回答という形式で行われました)




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スーパーマリオギャラクシー

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  • 出版社/メーカー: 任天堂
  • 発売日: 2007/11/01
  • メディア: ビデオゲーム

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NO NAME

良いこと言ってるんだけど、いかんせんブログの背景のせいで見辛いのがダメダメだな。長文が目に痛い。
by NO NAME (2007-11-15 18:08) 

loderun

批判・要望は歓迎しております。とりあえず質問文を、赤字から白の太字に変更してみました。
また、改行が無いのも見辛い原因の一つかと思われますが、これは原文のままです。
by loderun (2007-11-16 09:28) 

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