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スーパーマリオ生誕25周年雑感 [日記・雑感]

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Super Mario Bros. screenshots (MobyGames)

スーパーマリオ25周年キャンペーン:CM・映像
社長の代わりに糸井重里さんが訊く「スーパーマリオ25周年」
スーパーマリオ25周年キャンペーン

…というわけで、今から25年前の1985年9月13日は『スーパーマリオブラザーズ』の発売日です。

おお、あれから4半世紀の時が過ぎたのかあ。とりあえず、任天堂のキャンペーンサイトは要チェックですね。

過去の記事でも度々書いていますが、僕個人は当時あくまでMSXユーザーであったため、FCゲームはもっぱら友人の家でプレイしていました。
84年末の『ゼビウス』も衝撃的でしたが、『スーパーマリオブラザーズ』の登場はファミコンの人気を決定づけた歴史的瞬間であったと言っても過言ではないでしょう。わずか半年で300万本を販売。さらに徳間書店より出版された「スーパーマリオブラザーズ完全攻略本」は同年のベストセラーとなります。
当時の"熱量"をリアルタイムに体験できたことを、僕は今でも幸運に思っています。

「自分は天才ではなく普通の人間」と答えた、20年前の宮本茂
ところで割と忘れがちな事実なのですが、当時の宮本茂氏は『スーパーマリオ』を"カセット版のゲームをつくる最後の記念"と考えられていました。

ファミコンの登場は1983年7月。この頃の玩具業界の常識から考えて、同一の商品が発売3年目に突入しても尚売れ続けるというのは、ほとんど例がありません。
ファミコンのヒットは、任天堂自身ですら予想だにしなかった規模であったわけです。
現に、上之郷利昭著「任天堂の秘密」(86年)の中で、山内社長は次のように発言しています。

もしもこんな状態が三年も五年も続くとしたら、これはまさに『奇跡』なんて言葉以前のものですよ。そんなものじゃない。やがてその反動というものが必然的に訪れてくる。それがいつ来るかわからないけれど。

もちろん、山内社長は手をこまねいていたわけでありません。
任天堂が新たに打ち出したファミコン延命の施策は、ミツミ社開発のクイックディスクを記録媒体として採用することでした。ご存知、ファミコンディスクシステムです。
当時のファミコンのカートリッジに使用されていたプログラムROMの容量は32Kバイト。これに対して、ディスクシステムは両面112Kバイトのデータを保存できます。そして86年2月のディスクシステム発売以降、任天堂は今後ディスク用のソフトのみを供給すると公言していました。
上に挙げた宮本氏の言葉には、このような事情があったわけです。

結論から言うと、『スーパーマリオ』は宮本氏の"最後のカセット版ゲーム"とはなりませんでした。なぜなら、ディスクシステムは発売わずか2年ほどでその役目を事実上終えたからです。
奇しくも86年には、1Mbit以上のデータを格納できるメガロム規格が実用化。外部装置を必要とせずとも、大容量の優れたゲームを消費者は利用できるのですから、無理もありません。
任天堂が再び、ROMカートリッジでのゲーム供給に本格復帰するのは88年の『ファミコンウォーズ』、そして『スーパーマリオブラザーズ3』以降ということになるのではないかと思います。

『スーパーマリオブラザーズ』の登場によって押し広げられたファミコン市場。
その規格外のブームの裏で、プラットフォームホルダーである任天堂自身に若干の混乱と"販売戦略の見込み間違い"が存在したことをふと思い出しました。

…いや、なんだか自分が書いた文章を冷静に見直すと、マリオほとんど関係ないですね我ながら(笑)。

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