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写真で見る家庭用ビデオゲーム40年史 [レビュー]

Console Portraits: A 40-Year Pictorial History of Gaming (from Wired.com)

家庭用ビデオゲーム40年の歩みを、写真と共に紹介している記事です。
海外視点での歴史に基づいているため、我が国と事情が異なる部分もありますが、非常によくまとまってますね。

とりあえず、日本では馴染みの薄い「ファミコン以前」について、注釈がてら好き勝手にうんちくを語らせていただきます(笑)。

一応、リリース年等のデータについては下調べした上で書いていますが、もしも誤りがありましたらご指摘ください。



【1】 【2】 ラルフ・ベアと、世界初の家庭用ビデオゲーム機「ブラウンボックス」。
ベア氏のWEBサイトによれば、この光線銃付きのユニットは1969年に試作されたものです。
詳しい解説は、Wikipediaの「Magnavox Odyssey」の項に譲りますが、1967年の時点で既に対戦型のビデオゲームを開発していたとされます。
しかし、ベアの発想はあまりにも時代を先取りしていたため、当時その先見性を理解できる人間は居ませんでした。


【3】 【4】 【5】 「オデッセイ」(72年)。
ベアの「ブラウンボックス」を元に、米マグナボックス社が発売した世界初のコマーシャル(商用)な家庭用ゲーム機。
基本的に、白いドットしか表示することができなかったため、テレビ画面にオーバーレイと呼ばれるカラーフィルムを貼りつけてプレイしたそうです。


【6】 初めて商業的に成功したビデオアーケード、『PONG』(72年)。75年には家庭用版も登場。
事実上、ビデオゲーム産業はこの白黒表示の対戦型テニスゲームより始まります。

尚、余談ですが世界初のビデオアーケードは、71年の『コンピュータースペース』です。


【7】 フェアチャイルド社の「チャンネルF」(76年)。
世界初のROMカートリッジ式ゲーム機。ハンドグリップ型のコントローラーが特徴的。
我が国にも、業務用に輸入販売されていたそうですが、果たして実際に触れたことがある人はどれほどいるのでしょうか?


【8】 ご存知、アタリVCS(77年)。
当blogを普段から読んでいる方なら、知らないとは言わせない(笑)。
全世界で合計1500万台を販売したとも伝えられる大ヒット・マシン。ただし我が国では、「いわゆるアタリショックを引き起こした張本人」とのネガティブな認識が定着しちゃってて残念。
良くも悪くも、ビデオゲームの歴史を語る上で欠かすことのできない伝説的なコンソール。


【9】 「アタリフォース」。
アタリのVCS用ソフトにおまけで封入されていたマンガ。ゾルゲ市蔵氏の『謎のゲーム魔境2』で紹介されたことから、知ってる人は知っている?
紅白のタイツ(しかも胸にアタリマーク)がイカしすぎてます(笑)。
当blogでも度々リンクさせて頂いている、アタリゲーム機のデータベースAtariAgeに全5話がアップされてますので読むべし。
Atari Comic Books (from AtariAge)


【10】 アクティビジョン。
米国の老舗ゲーム会社。現在でも『Call of Duty』や『スパイダーマン』をリリースしており、洋ゲーファンにはお馴染みかも。
そのルーツはVCS時代に遡り、ワーナー傘下を嫌ってアタリを退社したプログラマー達が79年に設立。『カブーム』、『リバーレイド』、『ピットフォール』、『HERO』などの名作を多数生み出し、結果的にプラットフォームホルダーであるアタリ以上にVCSを支え続けました。


【11】 VCSでリリースされた問題作『カスターズリベンジ』
おそらく家庭用機初の成人向けソフト。アメリカでは、女性権利団体や先住民たちに訴えられて、社会問題にまで発展しています。内容自体は「クソゲー!」の一言なんですけどね(苦笑)。


【12】 【13】 マテル社の「インテリビジョン」(80年)。
北米ではアタリVCSとシェアを競い合いました。「VCSと比べると、インテリビジョンの方がこんなに表現力豊か!」との比較広告がちょっと笑える。21世紀に住む我々からすると、大して違いがないように感じるかもしれませんが、当時としては格段の進歩でした。
いちおう日本でも、バンダイを通じて発売されています。実際に見たことないですけど(笑)。


【14】 【15】 VCS版『パックマン』と、史上最悪のクソゲーと名高い『E.T.』。

「サードパーティーの粗製濫造が市場崩壊を引き起こした」 ― いわゆるアタリショックの説明として、よく聞かされるセリフです。

しかし、アメリカのVCSフリークたちが「ビデオゲーム・クラッシュの戦犯」として真っ先に挙げるのは、プラットフォームホルダーであるアタリ自身がリリースしたこの『パックマン』と『E.T.』であります。
Wiredの解説にもあるように、当時アタリはVCSの販売台数が1000万台であるにもかかわらず、1200万本もの『パックマン』を製造しました。
また『E.T.』についても、400万本ものソフトを市場に投入しましたが、結局250万本が売れ残ったそうです。

一つのタイトルが100万本単位で不良在庫と化したという事実を、クラッシュより20年以上経った今でも彼らは決して忘れてはいません。


【16】 コレコビジョン。
キラーソフトの『ドンキーコング』を引っさげて、82年に華々しく登場。
アタリがVCSの後継機投入に失敗したこともあり、北米では翌83年まで順調にシェアを伸ばしていました。しかしコレコ社は家庭用機市場に見切をつけ、84年に製造を中止してしまいます。
この辺りのいきさつについては、Classic 8-bit/16-bit Topicsさんが詳しく書かれていますので、そちらをどうぞ。
JAKKS Paccific, キャベツ畑人形の製造権を取得


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