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新年のごあいさつ (2012年) [日記・雑感]

○ Pac-Man - Atari 2600 (AtariAge)
あけましておめでとうございます。
僕の大晦日は、ニコニコ生放送のVCS版パックマン紹介番組を見ながらの年越しになりました(笑)
昨年は中東革命、欧州金融不安、金主席死去、そしてなにより東日本大震災と、大事件に事欠かなかった一年であったように思います。
特に震災は、いまだ復興から程遠い状況の地域も多いと聞いております。被災された皆様には、一日も早い復興を改めてお祈り申し上げます。
さて僕個人の話はと言うと、やはりアタリショック論の公開をスタートしたことが大きいですね。
以前から当blogをご覧頂いている方はご存知かと思いますが、「アタリショック」はかれこれ5年以上追い続けてきたテーマです。
なぜか一部でご期待頂いているにもかかわらず、更新ペースが遅くて恐縮しきりなのですが、気長にお付き合いいただければ幸いです。
ただし、ゲームプレイヤーとしての僕はと言うと、ここ2年ほどはCivilization4BtSをひたすら遊んでました。つうか、3DS、VITAはおろか、いまだにPS3やXbox360を持っていないので、過去4~5年のビデオゲームに関しては、かなり時流に置いけぼりな感じです。
なにしろ、つい先日にCall of Duty4を初めてプレイしたのですが、「すごい!映画みたい!」と今さら感動してしまいました(笑)
そんなわけで、レトロゲーム史の検証も続けますけど、currently(今日的)なゲームに目を向けないとね、というのが今年の抱負というか目標です。
今年も、Runner's High!をよろしくお願いします。
…あ、でもソーシャルゲームだけは手を出しませんよ。多分、いや絶対に(笑)
アタリショック論appendix 1982年12月8日に何が起きたのか [レビュー]
アタリショック論(3) 1983年のピットフォール [レビュー]

○Atari 2600 - Pitfall! (AtariAge)
『ピットフォール!』は信じられないほど斬新で、アクティビジョンの名を一躍知らしめんばかりの独自性と高いプレイ性を有したゲームである。疑いの余地なく、おすすめだ。
―― 『Electronic Games』82年12月号のレビューより
アタリショック論(2) サードパーティの誕生 [レビュー]
私がジム・レビーと出会ったのは、1980年1月にラスベガスで開催された家電見本市だった。彼はアラン・ミラー、ボブ・ホワイトヘッドと共にアクティビジョンの設立を発表したのだ。
私は、彼を愚かだと思った。
既にアタリ自身が数多くのゲームソフトを供給しているのに、さらにゲームを必要とする消費者が居るとは想像できなかった。消費者はアタリのゲームとアクティビジョンのゲームを、グラフィックで区別することなどできないだろう。そして、今までに聞いたことがないメーカーのゲームに、小売価格で3~5ドル余計に支払う者が居るとは思えなかった。
―― マテル・トイ社のマーケティング担当重役を務めたマイケル・カッツの回想 [1]
私は、彼を愚かだと思った。
既にアタリ自身が数多くのゲームソフトを供給しているのに、さらにゲームを必要とする消費者が居るとは想像できなかった。消費者はアタリのゲームとアクティビジョンのゲームを、グラフィックで区別することなどできないだろう。そして、今までに聞いたことがないメーカーのゲームに、小売価格で3~5ドル余計に支払う者が居るとは思えなかった。
―― マテル・トイ社のマーケティング担当重役を務めたマイケル・カッツの回想 [1]
アタリショック論(1) 「アタリショック」とVideo Game Crash [レビュー]
No single event caused the crash, just as no single event sank the Titanic.
タイタニック号が沈没した原因が一つではないように、市場崩壊の原因は一つではない。
―― 『Classic 80's Home Video Games』 (08年)
タイタニック号が沈没した原因が一つではないように、市場崩壊の原因は一つではない。
―― 『Classic 80's Home Video Games』 (08年)
ドンキーコング発見伝 [レトロゲーム]
| それは日本の任天堂本社で、別の階にあるトイレへと向かっていたときのことだった。 私は通りがかりに目にしたゲームに興味を持ち、任天堂のスタッフによく見せて欲しいと頼んだ。 私はすぐに、そのゲームの権利を手に入れるべきだと思った。任天堂の要求は、たしかカートリッジあたり1ドルか2ドルを支払うことであったと記憶している。当時としては大きな取引だ。しかし同時に、任天堂は24時間以内に前金として20万ドルを振り込むことを要求してきた。 私はアメリカが朝の7時になるまで待ち、社長のアーノルド・グリーンバーグを電話で呼び出した。 私はこう言った。「アーノルド、落ち着いて聞いて欲しい。今までに見たことがないような最高のゲームを見つけたんだ。契約条件もリーズナブルで、カートリッジあたり1~2ドルでいい。ただ、彼らは前金で20万ドルが欲しいと言ってるんだ」 私は受話器を耳元から遠ざけ、社長の金切り声が止むのを待った。 そしてようやく、彼はこう尋ねてきた。「そのゲームの名前はなんというんだ?」 「ドンキーコングだよ」と私は答えた。 ―――コレコ社のゲーム開発責任者を務めたエリック・ブロムレイの回想 |
PROJECT-VIDEOGAMECRASH [レビュー]

今までに当blogで公開した、アタリショック関連エントリーのまとめです。(随時追加予定)
■アタリショックとはなんだったのか
○アタリショック論序説
○アタリショック論(1) 「アタリショック」とVideo Game Crash
○アタリショック論(2) サードパーティの誕生
○アタリショック論(3) 1983年のピットフォール
○アタリショック論appendix 1982年12月8日に何が起きたのか (NEW!)
続きはcoming soon(すぐに来る)
○アタリショックを考察した京大の論文―――『経済論叢 現代ビデオ・ゲーム産業の形成過程』
○アタリショックの原因は「海賊ソフト」ではない
○アタリショックの「30億ドル」と「1億ドル」という数字の意味は?
○12月8日は「アタリショックの日」
○【珍説】 アタリVCSはゲーム&ウォッチに負けた?
■80年代前半の家庭用ビデオゲーム機たち
○ファミコンが存在しなかったかもしれないゲーム史
○ドンキーコング発見伝
○Atari5200 ― アタリショックの影に隠された不遇ハード
○インテリビジョン ― アタリショックを生き延びた長命ハード
○ファミコン、AVS、そしてNintendo Entertainment Systemへ
○写真で見る家庭用ビデオゲーム40年史
■その他
○書評 『Racing The Beam – The Atari Video Computer System』
○とてつもない海外レトロゲーム本 「CLASSIC 80S HOME VIDEO GAMES」
○ファミ通のアタリVCS特集 「30年目のアタリVCS」
○スペランカーを創った男達
○【奇ゲー列伝】 恐怖の胃袋破壊ゲーム
○【奇ゲー列伝】 肥満を推奨するゲーム
○ATARIはいつもそこにある
○とあるブログの公開停止に思うこと
アタリショック論序説 [レビュー]
ビデオゲーム産業の形成過程を考察する上で、1980年代のアメリカに起きた家庭用ビデオゲーム市場の急激な崩壊は特筆すべき出来事である。
テレビ受像機を利用する据置型家庭用ビデオゲーム機の歴史は、1972年にマグナボックス社より発売されたオデッセイに遡る。
以後、70年代から80年代初頭にかけて、高い成長性と収益性を予見した企業が数多く参入し、技術開発と販売競争を積極的に推し進めた。その結果、家庭用ビデオゲーム産業は、単なる娯楽玩具の域を超えた一大産業へと発展していく。
テレビ受像機を利用する据置型家庭用ビデオゲーム機の歴史は、1972年にマグナボックス社より発売されたオデッセイに遡る。
以後、70年代から80年代初頭にかけて、高い成長性と収益性を予見した企業が数多く参入し、技術開発と販売競争を積極的に推し進めた。その結果、家庭用ビデオゲーム産業は、単なる娯楽玩具の域を超えた一大産業へと発展していく。
WIRED.jpのアタリVCSプロトタイプ記事について [レビュー]
○アタリ・ヴィデオ・コンピューター・システム – ザ・プロトタイプ20世紀が見た夢
WIRED.jpにて、アタリ社が1977年に発売した家庭用ゲーム機、ビデオ・コンピューター・システム(VCS)のプロトタイプが紹介されています。
WIRED.jpにて、アタリ社が1977年に発売した家庭用ゲーム機、ビデオ・コンピューター・システム(VCS)のプロトタイプが紹介されています。
カラテカ meets DANCE! [日記・雑感]
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○【MMD】 カラテカ(BAD - Michael Jackson).flv (YouTube)
フリーの3D-CGソフト、MikuMikuDanceで制作された動画。
往年の格闘アクションゲーム「カラテカ」のキャラクターたちが、音楽に合わせて軽快にSTEP&DANCE!
5月20日にアップされるや否や、ニコニコ動画の再生ランキング上位に躍り出たため、既にご存知の方も多いかと思います。
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